わたしとこれから 夢を叶えた女性たち vol.6

離婚を機に世間の荒波に揉まれた20代

現在、「あまね行政書士事務所」の代表行政書士として、多忙な日々を送っている西陽子さん。そもそも西さんが行政書士を志したのは、離婚がきっかけ。「家庭裁判所の離婚調停で突きつけられた現実は、それまで子育て中だった専業主婦の私にとって、それはそれはつらくて悔しくて…。その時の私が無知だったということは否めませんが、もっと法律を知っていれば調停であんな思いをすることはなかったのだと思います。」離婚後、西さんは今の自分でも実現可能な法律家は行政書士だと狙いを定め、寝食を忘れて勉強した。

「27歳の時に行政書士の資格を取得したんですが、小さな子どもを抱えているシングルマザーを雇ってくれる事務所はどこもなかったんです。」折しも時代は、男女雇用機会均等法(1986年)が施行されたばかり。現代のようにシングルマザーが、自分のやりたい仕事の働き口を見つけるのは至難の業だった。

毎朝7時から1時間かけて行う掃除は、玄関、トイレ、階段を念入りに。写真は玄関を水拭きしているところ。

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西さんの宝物。愛娘が小学低学年のころにプレゼントしてくれた感謝状。手書きの角印付き。

西さんの宝物。愛娘が小学低学年のころにプレゼントしてくれた感謝状。手書きの角印付き。

精神統一のためのお香。就業時や夜寝る時にリラックスしたい時に焚く。

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両親の看病をしながら、43歳で行政書士事務所を開設

生活していくために必死で就職活動を続けた結果、職種こそは選べなかったけれど、西さんはシングルマザーでも雇ってくれる会社に入ることができた。それからがむしゃらに働いた西さんは、事務職や専門学校での講師、営業など、会社や職種が変わっても、決して手を抜かなかった。そんな母の背中を見てすくすくと育った愛娘は、ことあるたびに手作りの表彰状や感謝状を母に贈ったのだそう。

「私が行政書士の資格証書を手にした時、すごく喜んだのを幼心に覚えていたんでしょうね。娘お手製の表彰状や感謝状は、今でも私の宝物なんです。」 その娘さんの子育てもやっと一段落した41歳の時、これまで西さん親子をサポートしてくれていたご両親が、立て続けに病に倒れた。

「特に母の病気はずっと病名がつかず、4年間も病院を転々としていました。そのうち、今度は父が大病して大手術を受けることに。おかげさまで今は両親とも普通に生活できるようになりましたが、当時はあまりの忙しさで、何をどうして過ごしていたのかあまり覚えていないぐらい。激動の一年でした。」

この時期の西さんは、実母の病院通いの付き添いなどで会社の有給休暇がなくなってしまったことに加えて、年齢的にも雇われることがつらくなりはじめていた。自分の尊厳は失いたくない。それでも、まだ子どもの学費はかかるし、両親の病気の介助もいる。その狭間で悩んでいた時に浮かんだのが、昔取得した資格・行政書士での独立だった。西さんは税理士事務所でのアルバイトを経て、43歳で独立した。

相談者にとことん寄り添う心のこもったアドバイスが好評

事務所を開設したものの、同時に仕事が舞い込むわけではない。まずは人脈を広げなければと、西さんは積極的に異業種交流会に参加する。また、SNSなどを駆使してたくさんの人と関わった。ところが、なかなか仕事につながらない。試行錯誤しながらも、思い悩む日々が続いた。

「今思えば、一生懸命であるがゆえに、周囲が全然見えていなくて。目が覚めたのは、今や私のアドバイザー的な娘のひと言だったんです。“今のママはママじゃなくなっているよ”って。はっとさせられました。そして、肩の力が抜けた時、やっと自分のペースができたんです。ちょうど昨年ごろかな。すると、不思議なことに人生の流れが変わって、お客さまが別のお仕事をご紹介してくださるようになったんです。」

クライアントの相談の時間も、以前は目の前のお客さまに安心していただくために自分の経験を話すことが多かったというが、そのころになると自然と聞き手にまわることが多くなったという。すると、「西さんには安心感がある。お母さんに話すように何でも話せた」という声を耳にするようになった。

「私がこれまで経験してきたことすべてに、心から感謝ですね。約20年前、幼子を抱えて途方に暮れていたあの時の私のように、困った人がいたら、とことん寄り添って力になりたい。そんな行政書士をめざしています。」

独立して5年。西さんには実現したい夢がある。それは女弁護士ならぬ、女行政書士事務所を作ること。「そこにはシングルマザーや、介護と仕事などを両立しているような女性ばかりを集めたいと思っています。もっと欲をいえば、隣に保育所や介護施設があれば、なおいいですよね」と朗らかに笑った。

週に2回はママさんバレーで汗を流す。月に一回は、公式戦に出るほどの力の入れようだ。

週に2回はママさんバレーで汗を流す。月に一回は、公式戦に出るほどの力の入れようだ。

読者へのメッセージ

ヒストリー

1966.12(0歳)
鹿児島県奄美市で誕生
その後、実父の転勤にともない鹿児島市内、福岡市内、長崎県小浜町、福岡県春日市に引っ越す
1987.3(20歳)
短大卒業後、製薬メーカーの秘書兼営業事務になる
1988.11(21歳)
会社退社後、結婚
1990.6(23歳)
長女出産
1992.7(25歳)
離婚
1994.1(27歳)
行政書士の資格取得
1994.3(27歳)
事務職や専門学校での講師、営業など3社経験
2007.12(41歳)
実母の闘病開始
2009.7(42歳)
会社を退社
2010.7(43歳)
あまね行政書士事務所を開設
2010.8(43歳)
実父の病気、大手術
現在に至る

※ 年齢は取材時のものです。

わたしとこれから