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わたしとこれから 夢を叶えた女性たち vol.12

“離婚後の不安を救い、前向きになれた一冊

抜群のスタイルで、華のある雰囲気を漂わせているのは、東京在住の小川永子さん。聞けば、連日セミナーや食事会などに参加して、さまざまな人と交流をはかり、自己啓発を積極的に行っているという。社会人デビューは、キャビンアテンダント(以降CAと略)。国際線で世界を飛び回り、結婚、出産と順調に歩んできた。ところが、離婚を機に余儀なくワーキングシングルマザーの道を歩むことになる。


「私の人生の中で離婚は予期していないことでしたので、先が見えない将来への不安から、私も息子も体調を崩してしまったほど。それでも、生きていかなければなりませんから、“もう後は絶対に振り返らない”と覚悟を決めて、懸命に働きました。この20数年間はいろんなことがありすぎて、正直、記憶があまりないぐらいなんです」。


必死になりすぎて、将来のイメージすら描けなかった小川さんを救ったのが、ある一冊の本だった。

お客さまとの打ち合わせシーン。場所は旦那さまが経営する東京・恵比寿のレストラン「メゾンエメ・ヴィベール」の素敵なウェイティングルームで。

お客さまとの打ち合わせシーン。場所は旦那さまが経営する東京・恵比寿のレストラン「メゾンエメ・ヴィベール」の素敵なウェイティングルームで。
「メゾンエメ・ヴィベール」

http://www.aimeevibert.com/maison/restaurant/

何度も読み返しているという浅見帆帆子さんの著書『あなたは絶対に運がいい』『大丈夫!うまくいくから』

何度も読み返しているという浅見帆帆子さんの著書『あなたは絶対に運がいい』『大丈夫!うまくいくから』

目の前のことに全力を尽くし、理想の自分をイメージする

その本というのが、浅見帆帆子さんの著書なんです。今でいうところの“引き寄せの法則”がたくさん書いてありました。読みながら感じた胸の高鳴りは、20年経った今でも忘れません。その時、思ったんです。頑張れば、まだ私は大丈夫だって」。

それからというもの、何をするにも今まで以上に全力を投じるようになり、仕事はもちろん、家事や子育ても一切手を抜くことはなかった。職場から帰るとほんのひとときも椅子に腰掛けることなく、すぐにキッチンへ直行。食事の準備から家事までを一気に終わらせていた。おかげで当時、息子さんからは、“ママはすぐにご飯を作る人”と思われていたらしい。


「子どもを寝かしつけたら、やっと自分の時間です。自己啓発の本を読んだりして、寝る間も惜しんで自分を高めるための努力をしました。そして、なりたい理想の自分をイメージするんです。“精神レベルを上げると、思ったことが実現する”と書いてあったことも大きかったんですけどね」と笑う。


「この時にイメージした再婚やCAの復活はもちろん、今度はCAとしてのフライトではなく、仕事で海外行きの飛行機に乗っている理想の自分を想像していたら、それも叶ってしまいましたから。なぜ今、私がこのようなことを言っているのかといえば、当時の私のように毎日を必死で頑張っている女性たちに教えてあげたいのです。なりたい自分をイメージしながら、目の前のことに全力を尽くしていたら、道は必ず開くと。そして、あなたはまだまだ大丈夫だよって」。まるで当時の自分に語りかけるように、優しく話す小川さん。経験者だからこそ、説得力のある言葉でもある。

頑張るたくさんの女性と、ワクワク感を共有したい

40歳を過ぎたあたりから、小川さんの人生はまた、以前のように華やぎを増していく。日々の努力の結果、なりたい自分像を次々に叶えていった小川さんは、フライト先のタイで運命の出合いをする。それは鮮やかな色合いのバッグだった。「かつてOLをしていた頃、みんな紺や黒のスーツに合わせてバッグも地味なものを使っていました。せめてバッグぐらいキレイな色のものを使えたら、気分も上がるのに…」。その後、小川さんは自身が代表を務める会社で、このバッグを扱うことにする。

さらに、一目惚れした補正下着を口コミで広げたところ売上に貢献して、気づけば統括代理店に。これを機に、メーカーからタイ支社立ち上げの相談を持ちかけられ、毎月タイに出向く生活になった。これこそ小川さんが次に描いていた理想の自分像そのものだった。


「人生をより楽しむために、また頑張る女性たちを応援する意味も込めて、3年前に友人らと“マダムズフェイバリット”を立ち上げました。ここでは不定期ですが女性が輝くためのイベントやセミナー、マルシェなどを実施しています。1人ではできないことも仲間がいればワクワク感も増し、さらなる楽しい何かが生み出せるような気がしています」と意欲的だ。


小川さんのスケジュール帳には、今後の夢やビジョンが詳細に書き込まれている。「今は頑張りすぎて身も心も疲れ気味な女性のために、タイに断食道場を作りたいと思っています。タイは気候もいいし物価も安い。そして何よりマッサージ大国でもあるから、リフレッシュするには最高な場所なんです」。このプランも、遅かれ早かれ小川さん流に、現実に引き寄せてしまうに違いない。

(上)小川さんの会社で扱っている補正下着「LaLa」(日本製)。華やかな色が特徴的。ボディスーツ(ブルームーン)(下)スケジュール以外にもセミナーで心に残ったフレーズや思いついたことなど、メモ書きがぎっしり。すべてビジネスのアイデアソースになるという。

(上)小川さんの会社で扱っている補正下着「LaLa」(日本製)。華やかな色が特徴的。ボディスーツ(ブルームーン)
(下)スケジュール以外にもセミナーで心に残ったフレーズや思いついたことなど、メモ書きがぎっしり。すべてビジネスのアイデアソースになるという。

読者へのメッセージ

ヒストリー

1963.8(0歳)
岡山県岡山市生まれ
1985.4(21歳)
東京の大学卒業後、航空会社にCAとして入社
1989.4(25歳)
結婚のため退社
1989.8(25歳)
長男出産
1993.9(30歳)
離婚後、職業訓練校で簿記3級取得
1994.6〜(30歳)
健康機器会社や航空関連会社で働く
2004.6〜(40歳)
航空会社のバイトでCAやコンサルなどで働く
※フライト先のタイでオリジナルバッグに出合う
2006.6(42歳)
株式会社ライフ・セーバー代表に就任
2006.9(43歳)
バッグメーカー設立(旧Cova、現Kojimachibag)
2008.3(44歳)
再婚
2009.6(45歳)
補正下着会社の代理店になる
2011.11(48歳)
補正下着会社のタイ支店の立ち上げの手伝いで毎月タイと東京を行き来する
2012.9(49歳)
友人らと「マダムズフェイバリット」設立
現在に至る

※ 年齢は取材時のものです。

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